すっかり影の薄くなった希望の党だが、自分の中に未だに燻っているのは、旧民主党への思いだ。騙されたという思いは、細川新党以来の感覚だろうか。何かはわからないが、もしかしたら日本は変わるかも知れないという淡い期待、漠然とした期待という方が的確なのかも知れないが、ものの見事に打ち砕いたのが細川新党であり、民主党政権であったと思っている。
ふと気になって細川護熙という肥後細川家の御当主の今を検索してみると、茶人、粋人として今を生きておられるようで、多分この人の中では、自分の無能さが国民の希望を打ち砕いたという罪の意識など存在し得ないのだろうと思われる。
さて、旧民主党だが、民進党であろうと立憲民主党であろうと、顔ぶれは民主党と変わることなく、淡い期待を打ち砕いた張本人たちが看板を変えて中央の政界に居座っていることは許しがたい。その許しがたい者たちに、希望の党という隠れ蓑を貸した小池百合子は、姿は変えても同じ穴の貉であったと思えば諦めもつくのかも知れないが、その小池百合子も細川護熙の日本新党結成メンバーとあれば、諸悪の根源はこのあたりかとも思える。
2017年12月20日水曜日
一汁一菜でよいという提案
こんな本を見つけた直後に、土井善晴の美食探訪という番組を見てしまった。神戸牛シャトーブリアンのステーキ、前菜等にはキャビア、トリュフ、フォアグラ・・・圧巻のシャトーブリアンに至るまでに、ため息の出るような品々が並ぶ。コースで3万円以上。そして築地市場の料亭に場面は移り、豪華な刺身の盛り合わせの後極上のアンコウ鍋に至る。 このアンコウ鍋、出汁に焼鯛を一匹丸ごと・・・
さてと、瀕死の状態の東京芝浦電気、この東芝の社長で経団連の会長も務めた 『めざしの土光さん』 と言われた土光敏夫という人がいた。今となっては高値のイワシだが、当時はまだまだ安物で、EPAとかDHAなど知られてはいない頃、老夫婦がめざしで質素な食事をする姿が美談として世情に伝えられた。高級料亭などを歴訪し、さまざまな贅沢を尽くした後に行きついたのがめざしであったのかどうかは知らないが、全く贅沢を知らずに経団連の会長まで行ったとは思えない。その映像を見た後に、貧乏な我が家で土光さんもそうなのだからと、嫌いなめざしを無理やり食べさせられたことには閉口した。
ついで、と言ってはなんですが、お釈迦さんは元々が釈迦族の王子で、酒池肉林かどうかは知らないが、人生と人々の苦しみに気付くまで、たいそうな贅沢をしていたのは間違いない。その贅沢の極限まで行って飽きてしまったかどうかは別として、多感な青年であったことは間違いないだろう。初めから貧乏であっては、決して仏教の悟りには行きつけなかったのではないかと思うのは下衆の勘繰りというものらしい。
あの美食探訪という番組を見なければそんなことは思わなかったのだが、この本の題名にはもしかしたら、『あなたたちは』 とついているのではと再び下衆の勘繰りを入れてしまう。
さてと、瀕死の状態の東京芝浦電気、この東芝の社長で経団連の会長も務めた 『めざしの土光さん』 と言われた土光敏夫という人がいた。今となっては高値のイワシだが、当時はまだまだ安物で、EPAとかDHAなど知られてはいない頃、老夫婦がめざしで質素な食事をする姿が美談として世情に伝えられた。高級料亭などを歴訪し、さまざまな贅沢を尽くした後に行きついたのがめざしであったのかどうかは知らないが、全く贅沢を知らずに経団連の会長まで行ったとは思えない。その映像を見た後に、貧乏な我が家で土光さんもそうなのだからと、嫌いなめざしを無理やり食べさせられたことには閉口した。
ついで、と言ってはなんですが、お釈迦さんは元々が釈迦族の王子で、酒池肉林かどうかは知らないが、人生と人々の苦しみに気付くまで、たいそうな贅沢をしていたのは間違いない。その贅沢の極限まで行って飽きてしまったかどうかは別として、多感な青年であったことは間違いないだろう。初めから貧乏であっては、決して仏教の悟りには行きつけなかったのではないかと思うのは下衆の勘繰りというものらしい。
あの美食探訪という番組を見なければそんなことは思わなかったのだが、この本の題名にはもしかしたら、『あなたたちは』 とついているのではと再び下衆の勘繰りを入れてしまう。
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