2018年1月24日水曜日

群馬県太田市世良田

世良田東照宮
かつて20年間以上に渡って一緒に仕事をした女性が82年の生涯を終えた。この女性、仕事に対するひたむきさは比類がない。決して派手さはないが、その人なしには会社は成立しないのではと思われるほどの存在感を持ち、女性たちの代表として最終的には取締役まで昇進を果たした。

 驚いたのは、この女性の義母の葬儀。団地の集会所でささやかに営まれた葬儀でありながら、筆頭に飾られた花輪の名義は、『〇〇徳川家〇〇代 徳川○○』 。なんでもこの女性のご主人の祖父か曾祖父が、日本のスポーツ振興に尽力したとかで、百科事典にも載っていた人らしい。さらに、この女性の旧姓も剣豪として有名な姓であり、遠くその剣豪との繋がりがあるということで、家系という異次元の、人を計る物差しの存在を身近に感じたような気がしたことを思い出した。

 さて、埼玉と群馬を繋ぐ上武国道。群馬から埼玉へ向かう途中の太田市のはずれに、世良田という地名があり、そこには全国に約130社あるという東照宮の一つがあり、徳川という地名もある。徳川家発祥の地だそうである。家康の数代前にこの地を離れた遊行僧が三河の松平郷へ流れて行き・・・・・ということらしいが、所詮は武家の家系などあてにはならない。征夷大将軍には源氏の家系が必要であるためにであったのか。

 そんなことを詮索する前に、隆慶一郎の『影武者徳川家康』を読む。主人公の家康の影武者の名前は、世良田次郎三郎。
 

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