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2021年1月6日水曜日

群馬県北群馬郡吉岡町 三宮神社

 


 今年の初詣も伊香保神社。その前に榛名山のおひざ元、吉岡町の三宮神社へ。式内社 (明神大社) で上野国三宮。延喜式では富岡の一宮貫前神社に準ずるも赤城神社とは同格従四位上とされる、という格式の高い神社。伊香保神社の元本宮ではあるものの、里宮山宮の祭祀関係はないとされ、今となっては郷社村社としての性格が強そうに思える。

 さらに、若伊香保神社というさらに古い神社もあるようで、次回はこのあたりをうろうろとしてみようかと思っている。

 群馬県は古墳も多く、物部氏や蘇我氏という上古に活躍した士族の影響が多かったように思えるものの、日本書紀と古事記くらいしか簡単に入手できる資料がなく、それは最終的に権力を手に入れた藤原氏の影響が大きく、蘇我物部両氏の出自や歴史を追うことは考古学的な資料も含めて極端に少ない。あとは想像力の問題でもあるが、神社伝承や祭神祭祀を手繰ってみると意外な上古の時代に触れることも可能かもしれない。

 などと思いつつ伊香保神社へ向かう。いつの間にかこの神社の祭神は、十一面観音から大己貴命 (大国主命) に少彦名命の二神となっている。

 

2018年2月21日水曜日

一之宮貫前神社 群馬・上野国



一之宮貫前神社

 群馬、上野国の一宮は、当然のように赤城神社と思っていたら、富岡の貫前神社であるという。Wikipediaによれば、赤城神社は元上野国一之宮であり、絹糸の貸し借り(神々の間での話)で上野国一之宮の地位を譲ったらしい。

 赤城神社の祭神は大国主命であり、貫前神社の祭神は 経津主命。この二体の主人公(神)は、出雲の国譲りの主人公であり、大国主命は何とも気前がいいというか神(人)がいいというのか、ここでも一之宮という地位を譲っている。

 この貫前神社の祭神は経津主命であり、社伝では物部氏の祖神であると言ってはいるが、物部氏の祖神は饒速日命ではないのか・・・・・と疑問が広がっていく。関裕二著『藤原氏の正体』では貫前神社にも触れ、物部系の氏族、磯部氏が祀っていたと伝えている。古事記、日本書紀の世界の話は偽書説もあってなかなか結論を出すのが難しいが、それだけに想像力を掻き立てるものがある。