2020年1月31日金曜日

宦官

 相撲が平幕幕尻の徳勝龍が優勝して初場所を終えた。そうするとNHKも時間が有り余っていると見えて、国会中継なるものを長々と流す。これがまたひどい。

 野党の質問も同じなら、首相の答弁も同じ。たまに出てくる官僚も同じ答えを繰り返す。東大、京大を筆頭とする優秀な頭脳の塊りの中で、そりゃあだめだんべ、と一人も言う役人がいないのか。とは思うが、まぁいないだろう。国民の不信感の払拭など彼らの優先事項の中にはない。ましてや一国の首相が、後援会の人間を国費を使って接待してしまったのだ。

 ここで反旗を翻せば、一族郎党が終生あおりを食らうことは間違いない。再就職先もなければ子供や孫の就職にまで影響が残る。我が身とわが一族のことを考えると、とてもじゃないがきれいごとでは済まされない。これを下世話な言い方をすれば、キンタマがないという。
 
 『三国志』の中で袁紹はさほど人気はないが、宮中の宦官を皆殺しにしたという部分は、当時の宮中の腐敗を一掃するうえでも最も効果的な影響を及ぼしたと思う。根源はこの辺りかと思うのだが、宦官が跋扈するような日本の官僚組織を強化したのは、誰でもない官僚組織自体であろう。旧民主党は、その力の前に膝を屈した。今更何を言ってもその取り返しは出来ない。 


カルロスゴーンが教えてくれたこと

 日本の司法警察制度はおかしいと言っている。戦前の特高 (特別高等警察) の例を出すほどではないのかも知れないが、現在の公安警察さえ実態はわかりようがないし、特高の清算をうやむやにしている状況では日本の司法制度など語ったところで意味はない。

 昨年の拘留中に、ある人から市政が何とかならんか、何でもいいからと言われた時に、拘置所にいるカルロス・ゴーンを呼んで、つまらないしがらみとか、無駄を排除しながら活性化を図る・・・などと言ったら相手にされなくなった(笑)

 あれだけのボロ会社、日産をこれまで延命させたカルロス・ゴーンに日本の経営者が学ぶべきことはあまりにも多く、また日本の根底にある意識の改革すら可能であったと思うと、最後はあまりにも残念な結果となった。日産は潰れるし、日本航空、東芝、かんぽ生命もついでに潰すべきだと思う。そのついでに、金さえあれば何でもできるということも頭の片隅に置いて、忘れてはいけない。 


役者の品格

 シニアグラスのコマーシャル、舘ひろしの情けなさ。金になれば何でもやるほど仕事がなくて困窮しているのかと思う。

  松岡や小泉、その下品さもしょうがねぇなぁとは思うが、かってに思い込んでいる視聴者の方が悪いと思ってあきらめた方がいいのか・・・こんなCMを見ていると、かつてマイケルジャクソンが来日した際に、威張り散らす側近の振る舞いに腹を立てた空港かホテルの掃除のおばちゃんの言葉が蘇る・・・『たかが芸人風情が・・・』

 たかが芸人と言われるかどうかは、その人次第 。一流の芸人は、やはり矜持というものを大事にしてほしい。ただ、トミーリージョーンズの缶コーヒーのCMが、何となく許せるのはなぜなんだろう。


2019年12月27日金曜日

李登輝という人

 先日NHKのドキュメンタリーで、カンボジアの現状が紹介されていた。中田厚仁氏の殺害に関わることや、クメールルージュ統治崩壊後のカンボジア人民党議長、カンボジア王国首相フン・セン氏の動向を記録している。

 フン・セン首相は親中派で、もしやと思えば・・・やはり・・・プノンペン市内の中心部には、フン・セン首相の業績レリーフが彫られたモニュメントが立っていた。首相府ももちろん中国の援助で建てられている (Wikipedia)。独裁化が進む方が、中国にとっては便利であるということは言うまでもない。カンボジア救国党を解体したあたりから、この国の民主化は一歩、また一歩と後退していった。権力を持つということの恐ろしさと言うのだろうか。

 その権力というものを考える時、当時(1990年代であろうか)、総統という地位にあった李登輝総統は、司馬遼太郎の『よくそんな座におつきになりましたね』という質問に対して、『権力を自分にひきよせるのではなくて、まして自分が権力そのものになるのではなくて、ここ(机の上)に置いて、いわば権力を客観化して、・・・つまり実際主義 (プラグマティズム) でもって、権力から役に立つものだけをひきだせばいいと思っているんです』と答えている。

高橋真梨子



2019年12月26日木曜日

前橋を考える(4) 都市の景観

 ポルトガルの首都リスボンを訪れた時、友人の持っていたガイドブックを見ながら目当てのホテルに向かった。夕方、そのホテルと思われる場所にあったのは、通りに面した外壁だけ。本当に外壁だけで、後ろはその外壁の倒壊を支える建設資材と空き地。日中はともかく、暗くなって街灯が灯ったとしても反対側の歩道から見る限り建物は存在しているように見える。

 スペインのマドリッドも同じで、通りから見える外観は重厚で歴史を感じさせる石造りの建物であっても、一歩ドアを入ると近代的な銀行であったりする。ヨーロッパはどこもそうらしく、第二次大戦の空爆で壊滅的な破壊を受けたドイツのドレスデンの街並みも、気の遠くなるような作業を経たとみえて中世以降の威容が回復されている。他方、区画によっては近代的な建物もビジネス街には成長していた。

 ヨーロッパの街づくりの中心は教会であり広場であるが、その植民地となるとまた話は違って、街を政治商業地区と工業地区、住宅地区と区画したりする。もちろん、その他にスラムと言われる先住民の区画も存在する。日本では戦国時代以来の城や寺院を中心とした街づくりがなされるが、城さえあれば、寺院があればということでもないらしく、その地域の城主の人気や家臣団の頭脳の差が街並みに出るようだ。

   徳川氏による江戸の街づくりは少し違っていたようで、『江戸にまっすぐな道はない、という。関八州の広野の端、海辺の漁村に平城を構えた家康は、攻め手を防ぐ要害の代わりに土地の起伏や地形に合わせた掘割に沿って町並みを作った。そのため、切絵図では整って画かれている道が、実際にはうねりくねって方角の感覚が微妙に狂う。・・・池宮彰一郎 最後の忠臣蔵』

   街並みを作るということは、『意志』が必要だということを言おうとしている。その意思を感じられない前橋。

セイコーファイブ 

 再びこの時計の話し。およそ30年ほど前にエジプトのポートサイド、スエズ運河の入口の町で買ったセイコーファイブ。値段もこれくらい。ひっくり返しても、どこにもメイドインジャパンとは書いていない。

 このセイコーファイブを、今から20年ほど前に自動洗濯機で洗濯。この時は水戸の中澤時計店に依頼して、オーバーホールに1万円。それからしばらくして、今度はSEIKOのロゴマークがポロリ。文字盤のカレンダーのところに引っかかって、針の進行を妨げる。しばらく放置していたのだが、倉賀野に直してくれるおじさんがいるということで持って行ったら、20分くらいだろうか、おじちゃんは裏蓋を開け、リューズも引き出して、文字盤を出してアロンアルファ・・・小さなピチッ!という音がして見事にはまった。1500円。

 さらに今回は、SEIKOのロゴの下にある『5』がポロリ。またその倉賀野のおじさんの所へ。かみさんのグッチの時計の電池切れも一緒にお願いして、1600円。手順は前述のSEIKOのロゴの時とほぼ同じ。最後のピチッ!と言う音も一緒。手前で見ていて、詰めていた息がフーッと抜ける。今時、こんな修理を目の前でしてくれる職人肌の人はいないだろう。多分、最低でも作業料3千円から5千円が相場ではないだろうか。

 SEIKO 5 は、永遠の名作、と思うのだが。