2018年1月31日水曜日

映画 デトロイト

 監督キャスリン・ピグローの、1967年デトロイトで起きた暴動を描いた作品。この監督の作品、ハートロッカーという爆弾処理班を描いたものがちょっといまいちだったことと、前回見た映画が最悪の『関ケ原』で、過度の期待をしないように心がけて出かけたのだが、久々に緊張感と感動の残る作品だった。

 アメリカという国はすごいなぁとこういう映画を見ると思う。もちろんスターウォーズとか回数を重ねるたびにつまらなくなる映画なども見たうえでの感想なのだが、流行りのCGを駆使した映画と、このデトロイトのように、社会に問う主題を持つ重厚な映画の存在がアメリカの懐の深さを伺わせるような気がしてならない。次は『ペンタゴン・ペーパーズ』かなぁ。

2018年1月24日水曜日

群馬県太田市世良田

世良田東照宮
かつて20年間以上に渡って一緒に仕事をした女性が82年の生涯を終えた。この女性、仕事に対するひたむきさは比類がない。決して派手さはないが、その人なしには会社は成立しないのではと思われるほどの存在感を持ち、女性たちの代表として最終的には取締役まで昇進を果たした。

 驚いたのは、この女性の義母の葬儀。団地の集会所でささやかに営まれた葬儀でありながら、筆頭に飾られた花輪の名義は、『〇〇徳川家〇〇代 徳川○○』 。なんでもこの女性のご主人の祖父か曾祖父が、日本のスポーツ振興に尽力したとかで、百科事典にも載っていた人らしい。さらに、この女性の旧姓も剣豪として有名な姓であり、遠くその剣豪との繋がりがあるということで、家系という異次元の、人を計る物差しの存在を身近に感じたような気がしたことを思い出した。

 さて、埼玉と群馬を繋ぐ上武国道。群馬から埼玉へ向かう途中の太田市のはずれに、世良田という地名があり、そこには全国に約130社あるという東照宮の一つがあり、徳川という地名もある。徳川家発祥の地だそうである。家康の数代前にこの地を離れた遊行僧が三河の松平郷へ流れて行き・・・・・ということらしいが、所詮は武家の家系などあてにはならない。征夷大将軍には源氏の家系が必要であるためにであったのか。

 そんなことを詮索する前に、隆慶一郎の『影武者徳川家康』を読む。主人公の家康の影武者の名前は、世良田次郎三郎。
 

2017年12月20日水曜日

希望の党

 すっかり影の薄くなった希望の党だが、自分の中に未だに燻っているのは、旧民主党への思いだ。騙されたという思いは、細川新党以来の感覚だろうか。何かはわからないが、もしかしたら日本は変わるかも知れないという淡い期待、漠然とした期待という方が的確なのかも知れないが、ものの見事に打ち砕いたのが細川新党であり、民主党政権であったと思っている。

 ふと気になって細川護熙という肥後細川家の御当主の今を検索してみると、茶人、粋人として今を生きておられるようで、多分この人の中では、自分の無能さが国民の希望を打ち砕いたという罪の意識など存在し得ないのだろうと思われる。

 さて、旧民主党だが、民進党であろうと立憲民主党であろうと、顔ぶれは民主党と変わることなく、淡い期待を打ち砕いた張本人たちが看板を変えて中央の政界に居座っていることは許しがたい。その許しがたい者たちに、希望の党という隠れ蓑を貸した小池百合子は、姿は変えても同じ穴の貉であったと思えば諦めもつくのかも知れないが、その小池百合子も細川護熙の日本新党結成メンバーとあれば、諸悪の根源はこのあたりかとも思える。

一汁一菜でよいという提案

 こんな本を見つけた直後に、土井善晴の美食探訪という番組を見てしまった。神戸牛シャトーブリアンのステーキ、前菜等にはキャビア、トリュフ、フォアグラ・・・圧巻のシャトーブリアンに至るまでに、ため息の出るような品々が並ぶ。コースで3万円以上。そして築地市場の料亭に場面は移り、豪華な刺身の盛り合わせの後極上のアンコウ鍋に至る。 このアンコウ鍋、出汁に焼鯛を一匹丸ごと・・・

  さてと、瀕死の状態の東京芝浦電気、この東芝の社長で経団連の会長も務めた 『めざしの土光さん』 と言われた土光敏夫という人がいた。今となっては高値のイワシだが、当時はまだまだ安物で、EPAとかDHAなど知られてはいない頃、老夫婦がめざしで質素な食事をする姿が美談として世情に伝えられた。高級料亭などを歴訪し、さまざまな贅沢を尽くした後に行きついたのがめざしであったのかどうかは知らないが、全く贅沢を知らずに経団連の会長まで行ったとは思えない。その映像を見た後に、貧乏な我が家で土光さんもそうなのだからと、嫌いなめざしを無理やり食べさせられたことには閉口した。

 ついで、と言ってはなんですが、お釈迦さんは元々が釈迦族の王子で、酒池肉林かどうかは知らないが、人生と人々の苦しみに気付くまで、たいそうな贅沢をしていたのは間違いない。その贅沢の極限まで行って飽きてしまったかどうかは別として、多感な青年であったことは間違いないだろう。初めから貧乏であっては、決して仏教の悟りには行きつけなかったのではないかと思うのは下衆の勘繰りというものらしい。

 あの美食探訪という番組を見なければそんなことは思わなかったのだが、この本の題名にはもしかしたら、『あなたたちは』 とついているのではと再び下衆の勘繰りを入れてしまう。

2017年11月15日水曜日

樋口豆富店 高崎市剣崎町

池波正太郎原作の 『仕掛け人 藤枝梅安』。悪人相手の人殺し(仕掛け人)のと言ってしまえばそれまでだが、針医者と爪楊枝職人の複雑な人生を織り交ぜながら淡々と過行く時間を描いている。その合間に登場する梅安の手による料理は、素材のシンプルさと手軽さか、自分でも作れるような気がして、しかしながら期待した味に仕上がらないのは、自分のセンスの悪さなのか味覚の貧弱さなのか。

 この梅安の仕掛け人シリーズは、梅安が自宅を新築し始めるころに絶筆となって突然終了する。その頃の池波正太郎の随筆の中で、『豆腐も昔のような味が無くなった』 と、今の大量生産の豆腐の味を嘆く部分がある。さらに、豆腐だけではなく、その嘆きが色々な食物や、季節感の無くなった現在の食卓に及んでいたように記憶している。 

 さて、そんなところで紹介するのは、高崎で三代続いている豆富屋さん。ずっしりとした厚揚げ。今日は焼いてビールのつまみにして、明日は煮物に。油揚げは三枚購入して、今日は一枚をチンゲン菜とみそ汁に。寄せ豆富は薬味を刻んでそのまま。主菜は牡蠣と肉とにんにくの芽を炒めたものなので、副菜はあっさりと。 ちなみに厚揚げは午前中に売り切れてしまうこともあるので要注意です。

  

2017年11月14日火曜日

イスラムについて (7)

 前橋に外国人向けの日本語学校があるせいか、最近コンビニや外食チェーンのレジに外国人が多くなった。ベトナム、インドネシア、中国、スリランカ、ネパール等々。

 その中で、セブンのレジにヒジャブ(Hijab)を被った女性が深夜勤務をしているのが目についた。これがもし日本人がスカーフを被っているのであれば、当然ダメだと思われるのだが、イスラム教の経典に基づく宗教的な理由となれば、服務規程(就業規則)によって規制することも想定外であって、へたをすると人種差別などと言われる恐れもあってはあのままでというのが順当なところなのかと思う。

 ただ、このヒジャブは 『宗教的シンボル』 として、公の場所では着用禁止とされている国もあり、何より日本では異様と感じる人や、無礼と感じる人もいるかも知れない。日本は比較的宗教に寛容ではあるが、宗教経典が法律的役割を担う、または経典そのものが法律という国もあるはずで、日本はたまたま宗教に寛容であることで、相容れない価値観を受け入れざるを得ない状況に追い込まれているということも言えるのではないだろうか。

 

 

映画 関ケ原

 予想通りと言っていい退屈感。感動も何も残らない珍しい映画だった。司馬遼太郎の作品を映像化することは難しいらしく、かつてNHKの大河ドラマに取り上げられた 『竜馬がゆく』 などの視聴率は、多分当時の最低を記録したように覚えている。

 戦闘シーンなどは、ディカプリオの主演したギャングオブニューヨークの喧嘩シーンの方が迫力があったように思え、眠さに耐える映画であることが残念だった。空前のスケール(HP)というのはあんなものではないだろう。

 何が悪いのかは断定できないが、原作の三冊を読めばわかるのではと思う・・・・無理だよな・・・・・って。 二度とこんな映画を作らないことを願うだけ。