2018年3月7日水曜日

世界遺産 富岡製糸場 入口

富岡製糸場入口
  写真中央に、小さくレンガ造りの建物が見えるだろうか。この突き当りに富岡製糸場の入り口がある。言うなれば表参道とも言える道の入り口にあたる。

 手前から右に左にと駐車場があって、ほとんどの人がこの道を通って製糸場入口に至る。

  神楽坂や渋谷の一角で、千円程度のランチが紹介されているテレビを見ていると、あんな田舎のおきりこみなんてうどんのようなどんぶり一杯が千円もすることにも腹が立つ。  久しぶりに司馬遼太郎の『オランダ紀行』のベイラントの自由という言葉を思い出した。オランダの自由というのはすさまじく、スペインとの戦争であっただろうか、敵に武器を売った商人の自由を裁判所が認めたという話である。人の集まる所に店を出すのは自由だろう。 それが世界遺産だろうが何だろうが、自由は自由である。景観?関係ないよ。まぁ風俗店がないだけ良しとするかってところだろうか。


 

和菓子

叶匠壽庵 きんつば
  前橋にいると、和菓子には不自由をすることになる。かつては最後に残った一軒のデパートに、鶴屋吉信の京観世があったのだが、それも今はない。

 上生菓子は凍っていることを覚悟した方がいい。最近一番感激したのは、伊香保温泉の温泉饅頭、清芳亭の桜餅だろうか。香りが高く上品な仕上がりで、久しぶりにまた食べたいと思わせる買い物だったように思う。

 ということで、県外、特に東京に出る時には和菓子をお土産にとねだることも多い。今回はホテルニューオータニに行くというので、叶匠壽庵のきんつばとあも。感想は、いまいち。品が良すぎてその良さがわからないのか、私の舌がもっと下品なものを求めているのか。きんつばもあもも、一体感がないというのか、何というのか。やはり京観世とか両口屋のおちこちに勝るものはそうそうお目にはかかれない・・・と思う。



2018年2月21日水曜日

一之宮貫前神社 群馬・上野国



一之宮貫前神社

 群馬、上野国の一宮は、当然のように赤城神社と思っていたら、富岡の貫前神社であるという。Wikipediaによれば、赤城神社は元上野国一之宮であり、絹糸の貸し借り(神々の間での話)で上野国一之宮の地位を譲ったらしい。

 赤城神社の祭神は大国主命であり、貫前神社の祭神は 経津主命。この二体の主人公(神)は、出雲の国譲りの主人公であり、大国主命は何とも気前がいいというか神(人)がいいというのか、ここでも一之宮という地位を譲っている。

 この貫前神社の祭神は経津主命であり、社伝では物部氏の祖神であると言ってはいるが、物部氏の祖神は饒速日命ではないのか・・・・・と疑問が広がっていく。関裕二著『藤原氏の正体』では貫前神社にも触れ、物部系の氏族、磯部氏が祀っていたと伝えている。古事記、日本書紀の世界の話は偽書説もあってなかなか結論を出すのが難しいが、それだけに想像力を掻き立てるものがある。


2018年1月31日水曜日

映画 デトロイト

 監督キャスリン・ピグローの、1967年デトロイトで起きた暴動を描いた作品。この監督の作品、ハートロッカーという爆弾処理班を描いたものがちょっといまいちだったことと、前回見た映画が最悪の『関ケ原』で、過度の期待をしないように心がけて出かけたのだが、久々に緊張感と感動の残る作品だった。

 アメリカという国はすごいなぁとこういう映画を見ると思う。もちろんスターウォーズとか回数を重ねるたびにつまらなくなる映画なども見たうえでの感想なのだが、流行りのCGを駆使した映画と、このデトロイトのように、社会に問う主題を持つ重厚な映画の存在がアメリカの懐の深さを伺わせるような気がしてならない。次は『ペンタゴン・ペーパーズ』かなぁ。

2018年1月24日水曜日

群馬県太田市世良田

世良田東照宮
かつて20年間以上に渡って一緒に仕事をした女性が82年の生涯を終えた。この女性、仕事に対するひたむきさは比類がない。決して派手さはないが、その人なしには会社は成立しないのではと思われるほどの存在感を持ち、女性たちの代表として最終的には取締役まで昇進を果たした。

 驚いたのは、この女性の義母の葬儀。団地の集会所でささやかに営まれた葬儀でありながら、筆頭に飾られた花輪の名義は、『〇〇徳川家〇〇代 徳川○○』 。なんでもこの女性のご主人の祖父か曾祖父が、日本のスポーツ振興に尽力したとかで、百科事典にも載っていた人らしい。さらに、この女性の旧姓も剣豪として有名な姓であり、遠くその剣豪との繋がりがあるということで、家系という異次元の、人を計る物差しの存在を身近に感じたような気がしたことを思い出した。

 さて、埼玉と群馬を繋ぐ上武国道。群馬から埼玉へ向かう途中の太田市のはずれに、世良田という地名があり、そこには全国に約130社あるという東照宮の一つがあり、徳川という地名もある。徳川家発祥の地だそうである。家康の数代前にこの地を離れた遊行僧が三河の松平郷へ流れて行き・・・・・ということらしいが、所詮は武家の家系などあてにはならない。征夷大将軍には源氏の家系が必要であるためにであったのか。

 そんなことを詮索する前に、隆慶一郎の『影武者徳川家康』を読む。主人公の家康の影武者の名前は、世良田次郎三郎。
 

2017年12月20日水曜日

希望の党

 すっかり影の薄くなった希望の党だが、自分の中に未だに燻っているのは、旧民主党への思いだ。騙されたという思いは、細川新党以来の感覚だろうか。何かはわからないが、もしかしたら日本は変わるかも知れないという淡い期待、漠然とした期待という方が的確なのかも知れないが、ものの見事に打ち砕いたのが細川新党であり、民主党政権であったと思っている。

 ふと気になって細川護熙という肥後細川家の御当主の今を検索してみると、茶人、粋人として今を生きておられるようで、多分この人の中では、自分の無能さが国民の希望を打ち砕いたという罪の意識など存在し得ないのだろうと思われる。

 さて、旧民主党だが、民進党であろうと立憲民主党であろうと、顔ぶれは民主党と変わることなく、淡い期待を打ち砕いた張本人たちが看板を変えて中央の政界に居座っていることは許しがたい。その許しがたい者たちに、希望の党という隠れ蓑を貸した小池百合子は、姿は変えても同じ穴の貉であったと思えば諦めもつくのかも知れないが、その小池百合子も細川護熙の日本新党結成メンバーとあれば、諸悪の根源はこのあたりかとも思える。

一汁一菜でよいという提案

 こんな本を見つけた直後に、土井善晴の美食探訪という番組を見てしまった。神戸牛シャトーブリアンのステーキ、前菜等にはキャビア、トリュフ、フォアグラ・・・圧巻のシャトーブリアンに至るまでに、ため息の出るような品々が並ぶ。コースで3万円以上。そして築地市場の料亭に場面は移り、豪華な刺身の盛り合わせの後極上のアンコウ鍋に至る。 このアンコウ鍋、出汁に焼鯛を一匹丸ごと・・・

  さてと、瀕死の状態の東京芝浦電気、この東芝の社長で経団連の会長も務めた 『めざしの土光さん』 と言われた土光敏夫という人がいた。今となっては高値のイワシだが、当時はまだまだ安物で、EPAとかDHAなど知られてはいない頃、老夫婦がめざしで質素な食事をする姿が美談として世情に伝えられた。高級料亭などを歴訪し、さまざまな贅沢を尽くした後に行きついたのがめざしであったのかどうかは知らないが、全く贅沢を知らずに経団連の会長まで行ったとは思えない。その映像を見た後に、貧乏な我が家で土光さんもそうなのだからと、嫌いなめざしを無理やり食べさせられたことには閉口した。

 ついで、と言ってはなんですが、お釈迦さんは元々が釈迦族の王子で、酒池肉林かどうかは知らないが、人生と人々の苦しみに気付くまで、たいそうな贅沢をしていたのは間違いない。その贅沢の極限まで行って飽きてしまったかどうかは別として、多感な青年であったことは間違いないだろう。初めから貧乏であっては、決して仏教の悟りには行きつけなかったのではないかと思うのは下衆の勘繰りというものらしい。

 あの美食探訪という番組を見なければそんなことは思わなかったのだが、この本の題名にはもしかしたら、『あなたたちは』 とついているのではと再び下衆の勘繰りを入れてしまう。