2020年5月29日金曜日

新宿鮫 風化水脈から

 光文社文庫新装版、関口苑生氏の解説によると、この作品は、毎日新聞夕刊に1999年7月から2000年8月まで連載された。まだ外国人労働者を単純労働に従事させることは法律で許容されてはいなかった。従って、今のように外国人が大量に工場勤務に駆り出されるような状況はなかった。

 今、私はその工場勤務に従事する外国人労働者の送迎の運転手をしている。ベトナム、ネパール、ブラジル人が多く、稀にカメルーン、モンゴル、カンボジア、スリランカ人もいる。母国にいても仕事はなく、1日300円そこそこの生活をしていた人々が、時給900円以上の仕事に就いている。

 かつては中国や韓国、フィリピンの人達が多かった。そのままこの国に居付いた人たちもいるのだろうが、工場労働者としている人達は極端に減ってしまった。母国が豊かになって、帰ってしまったのだろうかとも思う。『もし彼らがいなくなる時がくるとすれば、日本という国の持つ力がひどく衰えた時でしょうね。この国で働いても遊んでも、何一つよいことはない』 そういう思いにかられたからか。

 『やがてはこの国も、多くの民族、宗教を抱えて、共存する道を模索することになると思っています』主人公と時効を過ぎた殺人を犯した人間との会話が続く。つい最近まではそうなるかも知れないという思いは私の中にもあった。しかし、この新型肺炎をもたらしたコロナウィルスがその基本的な条件を変えてしまったように思う。また共存というどうにも解釈できる言葉がさらに疑問を想起させる。

 脆弱な危機管理体制、政策の意志のありかの不可解さ。戦略物資と戦略の不在。そんなことまで考えさせる状況の中でこんな本を読んでしまったことが不安をあおる。

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