2020年4月1日水曜日

オイルショック時のトイレットペーパー、洗剤パニック

 昭和49年前後、私は千葉に住んで新聞配達をしていた。オイルショックの時期にガソリンや灯油の値段に関しての実感はなく、洗剤とトイレットペーパーの不足を叫ぶ世間にも冷めた気分を味わっていた。それもそのはず、不足していると言われた洗剤もトイレットペーパーも、会社の倉庫には山ほど積まれていたからである。さらに注文すれば、注文しただけ送られてきていた。朝刊を配り終えれば一休みして、日中からその洗剤を持って新聞の拡張に出れば、すんなりと契約は取れた。

 洗剤メーカーも、テレビでは生産は通常通りと言ってはいたが、後日、生産と在庫『調整』をしたことが明らかとなり、モーニングショーで謝っている姿が映し出された。全てがデマから始まったことで、それをマスコミが煽る役目を果たしたことも間違いではない。発端は大阪のダイエーであった。その大阪のニュースが全国に広まり、終息に約6ヵ月を費やしたと記憶している。ダイエーは潰れたが、片棒を担いだマスコミは未だに健在で、物価の値上げと消費者の混乱に貢献している。

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