2020年12月27日日曜日

検察庁の不思議

  黒川弘務元東京高等検察庁検事長、元法務省大臣官房長、元法務事務次官。下世話な言い方をすれば、小便博打でパクられた検事長・・・と言いたいところだが、雀荘などで賭博容疑で捕まった連中とは訳が違う。

 逮捕されることもなく、レートも小さいということで無罪放免。無事5千万とも6千万ともいわれる退職金を受けっとって、退職となった。弁護士資格を剥奪されることもない。今回の審議会で起訴相当という採決が出るまでは、これで落着かとがっかりしたのを覚えている。

 しかし誰も言わないが、不審なことが少々・・・。まずテンピンという賭博レート。簡単に言ってしまえば、千点百円で持ち点が3万点として、ビリになったとしても一回5千円程度。いくら小便博打とは言っても、これくらいのレートなら俺達でもできる。さらにウマ、サシウマとかつけるから、東場南場の半ちゃんで1万勝ち負けってところ。

 黒川は検事長なんだから、これくらいのレートでやるわけないだろう。まぁ相手は新聞記者や接待麻雀得意の奴らだから、1回最低3万から5万以上の金が動いても当たり前だろう。ウマなしの千点千円、これを一般並みにテンピンと言っていた可能性もある。いずれにしても小便博打に違いはないが。記者会見でテンピンと言っていた検事は、金額には触れずに、テンピンとだけ言っていたことがさらに妖しい。この人は、テンピンの意味を知っている。

  もう一つ、検事長ほどの人間が麻雀好きであることを、誰も同僚は知らなかったのか。一度でも同席したことのある同僚はいなかったのか。上記の検事は、少なくとも麻雀はしっている。黒川と『楽しんだ』ことはないのか。テンピンであって、金額的に少ないということを知っているということは、誰かと麻雀をしているはずだ。

 検察庁の偉いさんたちも、PCR検査ではなく、嘘発見器にでもかけて、小便博打の全容を解明して、全部パクられれば、少しはいい検察庁になるかも知れない。まぁ検事様をパクるガッツが警察にあるかどうかも問題だが。

2020年12月25日金曜日

映えるという言葉

  この映えるという日本語を、ばえる と読まれると、その言葉を口にした少女までが汚らしく見えるのはなぜだろうか。私の老いと言われればそれまでで、返す言葉もないが。

 軽井沢は、地元の人は かるいさわ と発音するが、普通は かるいざわ という。さわと言う方が爽やかな風を感じて、あの初夏から梅雨にかけて湿度が高くじめじめとして、また陽ざしが少なく、冬も厳しい住みにくい場所さえも、夏の一時期の高原の爽やかさに包まれているように感じられる。

  ただ単に濁音が汚らしさを感じさせる訳ではないのだろうが、ちなみに、赤ちゃんの命名についての明治安田生命の人気ランキングを見ると、男女とも濁音が混ざる名前は8位の女児ツムギちゃんがあるだけで、20位までは男女共でもこのツムギちゃんだけという結果がある。

 和歌もそうかと思う。Wikipediaで濁音を見ても、答えは見つからない。日本語の清濁をただ濁音だけを取り上げて語るほどの事はないのだろうか。ハケに毛があり、ハゲに毛はないというのも意味はないようで。

 

誰か、トヨタ自動車の社長を何とかしてくれ

  トヨタ自動車のCM、あの現社長のはしゃぎ方は異常ではないか。トヨタイズムの中には、社長の帝王学が欠如しているように見える。業界第二の落ち目の日産自動車は、キムタクを起用してゴーンなき後の盛り返しに必死になっている。

 そこに、下手な英語を駆使して (俺よりは随分とましだが) 、短躯禿頭のおやじが、同じく短躯禿頭前夜の役者を使ってコマーシャル。あの現社長はトヨタ自動車の御曹司でなければ、どう見ても風采の上がらないオヤジ。多分ではあるが幼少の頃より女性にもてるとか、カッコイイなどと言われたこともなく、悶々とした日々を送っていたと思われる。

 目立ちたい、カッコイイと言われたいという思いが、総帥となった今爆発しているように思う。さらに推論ではあるが、本田自動車の本田宗一郎氏や、最近はやりのGAFAの各CEOのスタイルを真似ていて、全てが不格好という所ではないだろうか。

 

 

歌舞伎役者や狂言役者が映画を壊す

   悪いことに、主演片岡千恵蔵と主演八代目中村芝翫の二本を見ることになってしまった。映画『十三人の刺客』の話しである。片岡千恵蔵主演のものは、1963年封切りで、監督は工藤栄一。古いからどうこうではなく、背景やセットなど、当時としては相当大掛かりなもので、また殺陣も見ていて迫力があり、見飽きるということはなかった。

  中村芝翫のものは、2020年のテレビドラマとして製作されたもの。中村芝翫の顔が片岡千恵蔵のように見えるのはなぜかわからないが、異様に頭が大きいように見えた。まぁしかし、この時代にあの殺陣の下手さはないだろう。水谷豊並みと言うか、とにかく歌舞伎じゃないんだから、もう少し練習した方がいいのではと思えた。話し方や表情もどうにも構えているようで演技に味というか、引き込まれるものがない。

  一度書いたことがあるが、まぁ歌舞伎能狂言の世界から映画にという中で最低と言うなら、野村萬斎。和田竜原作の『のぼうの城』で、役処と言うならば酒巻靱負あたりならばまだ良かったものを、最悪なことに主演成田長親を演じることになって、映画は噴飯物に仕上がった。あのキョロキョロと動く目は、とても主人公のでくの坊ぶりは演じきれないし、背が低すぎる。 監督は誰だったろうか、知る気にもなれない。歌舞伎役者や能狂言役者を使う安易さが招いた愚作というべきではないだろうか。

 

 

田舎の風習 

  安倍元首相の桜を見る会の最終的な顛末は、小渕優子の政治資金規正法違反の流れを見れば、容易に想像がつく。小渕優子は、1億円以上の収支記載漏れがありながら、平然と議員を続けている。勿論、その責任を取って有罪になったり、公職を辞めた人間も多い。政治屋の得意技、秘書がやったことで、私は知らなかったとなるだろう。

 小渕優子、元々父親の小渕恵三は郵政族、急逝した際に跡継ぎをと誰もが思ったが、実子は女性二人。周りの親戚一同は、NTTドコモの未公開株を大量に保有していて、身綺麗で親の後を継げるのは政治経験のない小渕優子くらいということで、情けない話だが消去法で選ばれた国会議員。周りを譜代で固めたという点では、安倍元首相とは似た者同士。起こす事件やスキャンダルにも相似性が感じられる。

 さて話は飛んで、今からもう40年以上も前の話し。ある地方の小さな市。この市の市会議員を振り出しに、県会議員から元の出身市長に進んだ政治家がいた。農閑期になると地元の農家の人々は、新宿コマ劇場の観劇や温泉に出掛ける。主催するのは不動産の会社だったり、旅行会社などなど、いずれもその政治家との『付き合い』のある会社で、表向きは現場見学会だったりお得意様へのご招待で、もちろん無料である。しかし招待された人達は、誰が実際にこの旅行の代金を支払っているかを知っている。当然の権利のようにそのもてなしを楽しんでいるのだが、これがある日なくなるとしたら、この議員の得票は他者へと移動するだけだ。暗黙の了解の上に成り立っている観劇会や温泉旅行。その景色の不気味さには誰も気づかない。

 さてさて、再び話は飛んで、豊臣秀吉最晩年の醍醐の花見。この醍醐の花見の5か月後に秀吉はこの世を去る。同じ花見でも本当の天下人が主催する花見と、イモが『募った』花見ではこうも違う。花見に行った山口県民は、その卑しさにも気付くべきだと思うのだが、所詮田舎というものは、こんなものかも知れない。

 小渕優子の他にもう一人、群馬県が生んだ故中曽根首相への評価は少し違う。ある自民党県連の幹部が、ある日ボソッとつぶやいた。中曽根さんは国家には多大な貢献をしたが、地元にはあんまりと言うより何もしなかった。ここに故中曽根首相の凄さと田舎の政治に対する視点を見る。

 県会議員や市会議員ならば地元のために働くのは当たり前だが、いやしくも国会議員と名の付く人間が、地元などという小さなものにサービスしなければならないような状況は、田舎だからという一言で済ませられるものではない。

菅総理大臣、8人での会食の言い訳

  人は成功を収めたその同じ原因で失敗するのではないか。(中略) とすれば、その失敗において、その成功の秘密があらわれることがあるのである。

 これは梅原猛の『隠された十字架・法隆寺論』の巻末の一説。同時に浮かんだのは、田楽狭間で今川義元を討ち取った織田信長。織田信長はこの後も繰り返される数々の戦で、二度と田楽狭間でのような少ない戦力での奇襲作戦は行っていない。天才の天才と言われる人ならではのことだろうか。

 さて凡才の菅首相は、淡々と同じような生活を長年に渡って続けていたのだろうと思われ、また続けていくのだろうが、それを悪いとは言わない。その過程で培われた忍耐力と一貫した精神力には脱帽の思いもある。政治家を目指した時から、頂点を極めるまでの道のりは、なまなかな二世議員の及ぶ所のない苦労や努力と辛抱があったのだろう。

  日本の政治はまた再び金丸・竹下の時代に逆戻りしてしまった。そう思わせる会見内容。国民は何も誤解などしていない。勘違いしているのは菅首相である。麻生大臣は開き直り、橋本五輪大臣は身の程をわきまえていない。大手新聞社もテレビの記者も、記事を取るためのシステムの中で沈黙を守る。首相の宴席に臨席したあの8人と麻生橋本すべてが死に絶えたころに、やっと日本の民主主義が芽生えればまだいい方なのだが。

2020年12月13日日曜日

安倍・菅 両首相の印象

  簡単に言ってしまうと、苦労を知らないと前者になり、苦労しすぎると後者になる。

2020年11月29日日曜日

衆参両院の予算委員会

  嘘つきが、嘘つきを、嘘つきと呼ぶ委員会。伏し目がちな嘘つきが首相なら、居丈高な嘘つきは、旧民主党の面々。目糞鼻糞とはよく言ったものだが、それが実は国民のレベルと言われれば、国会議員は目糞で国民は鼻糞か。

 真実を究明することに協力しない首相に、コロナ対策では協力をなんて言われても、何となく協力したくなくなる。あ~やだやだ。

2020年11月23日月曜日

常陸国 出雲大社

 

  常陸国 出雲大社は、平成4年島根県の出雲大社より分霊鎮座。平成26年単立の宗教法人として独立。写真の拝殿は、諏訪大社本宮の脇拝殿様式を取り入れている。 (配布されているチラシより抜粋)

 ちなみに島根県の出雲大社は、北緯35度24分。大国主命の御子神、建御名方神 (たけみなかたのかみ) を祀る諏訪大社は北緯35度53分。 常陸国出雲大社は茨城県笠間市にあり、ほぼ北緯36度に位置する。

 この神社の独立の経緯は報道などでも取り上げられたが、永谷園、神社本庁、島根県の出雲大社 (出雲大社教も含む) の間で、どのような協議があったのかは正確には知らない。

 ついでというわけではないのだが、出雲大社に始まって、神社本庁などの記事をこの数日読み続けていると、神社の各付けや出雲神話や群馬県の神社の祭神、さらには物部氏にかかわる記事にまで範囲が広がって、収拾がつかなくなってきた。

 大きなお世話ではあるのだが、この大注連縄、6t近くあって5~6年に一度は架け替えると思ったが、単立の宗教法人として、また出雲の出雲大社を離れて、継続することは可能なのだろうか。また、出雲の出雲大社と神社本庁の仲が悪いというか、神社本庁が出雲大社を目の敵にしているということが事実なのか、事実とすればその理由は何なのだろうか。

 ついでに群馬県、正確には上毛野国の一宮は貫前神社。この物部氏の祭神が一宮ということと、物部氏の本拠地が、大阪の渋川と言うことと群馬県の渋川市は、何か関わりがあるのか。磯部の物部氏も気にかかる。伊勢崎には大国神社という創建の古い神社も存在している。出雲とか物部氏とかがしばらくは頭について眠れない。

2020年11月7日土曜日

悲しいなぁ 菅さんが総理大臣じゃ

  まだ結論を出すのは早いのかも知れない。あの人が人生をかけて挑んだ地位なのだから、もう少し見ていた方がいいのかも知れない。

  かたやアメリカでは大統領選挙の真っ最中。官僚が作った文章を、つっかえながら読んでいる姿を見ていると、日本がいかにも後進国だなぁと思えてくる。

 なんていうのかなぁ、カラッとしたところがない。黒子のように官僚がうろうろして、その官僚も議事録やあるべきはずの書類を隠したり、詭弁を弄する手助けをしている。

 正史という言葉があるが、最近それを信用することは、妄想に近いものだと思えるようになった。

 もう一つ、菅さんもそうだが、あのコナキジジイみたいな偉い官僚も見た目が貧相。国民が誇れるリーダーの姿は、求める方がバカなのかなぁ

 同じ日に、NHKでヒトラーの演説を特集していた。善悪は別として、聴衆を引き込むような、カラリとした政治家の演説を聞いてみたい。

2020年11月1日日曜日

兵庫県知事のセンチュリーとワイン

  センチュリーがお気に入りの兵庫県知事。兵庫県県民はもう少し粋な面があるのかと思いきや、意外にもイモだったので驚いた。トップ政治家のレベルは、有権者のレベルを超えることはないという持論に立てば、兵庫県民もイモが多いということになる。

 別にセンチュリーが好きだったわけではないだろう。2000万円の車に乗りたかったのだろうと思う。ちょうどワイン好きを公言するイモが、今日は二万円のワインを飲んだとか五万円のワインを飲んだと自慢するようなものだ。そんなイモを標的に、ワイン業者も値を付ける。

2020年10月25日日曜日

テレビ朝日 羽鳥慎一モーニングショーで

  今時、アナログの腕時計なんて・・・というのは許せない! 男のくせに、アップルウォッチで脈拍だ、心拍数だと言ってる短足の不細工なやつに、そんなことは言われたくない。

 そんなやつに限って身に着けるものや学歴、年収などで自己主張をする。そしてバカにする相手や物をあしざまに言う。あほらしくて言葉がない。

隠れトランプ・・・派

  大統領選挙まであと一か月もない。グレタさんもそうだが、トランプを嫌う人の多さはテレビを見る限り圧倒的で、それはトランプが好きだという人をあまり取り上げないからではと思うことがある。

 しかし日本の政治家を、いや、政治屋と言うべきか、を見飽きていると、これほど公約に誠実な政治家を見たのは初めてのような気がする。首尾一貫と言うのか、 前回の大統領選挙の時に言っていたこととこの4年間の行動は、間違いなく1本の筋が通っている。それはなまじっかな民主主義とか平和思想、平等思想とは関係なく、約束を守るという姿ではないだろうか。

 今回のパンデミックは、誰一人疑うことのない中国発祥のウイルスなのに、チャイナウイルスと言うのはトランプ一人という異常さ。WHOの腐敗にこのパンデミックの原因を求めない世界の情勢。少なくとも、中国という漢民族優越主義を旗頭として掲げるような嫌な国に対して、大量の米国債を保有しているという弱みを持ちながらも、圧倒的な力で対抗も辞さない姿勢は正に尊敬に値する。

 日本は内股膏薬のようにこのまま中国にへつらうのか。すでに二者択一の時は終わっている。中国に付くことは、芽生えたばかりの民主主義の終焉であり、破滅から長い抵抗の歴史の始まりとなる。

2020年10月22日木曜日

目の力 眼力と言うのか

 こんなことを書くと今の時代にはセクハラと言われるのだろう。とは思うのだが、小池百合子東京都知事の毎日の会見を見ていると、どうにも色々と考えてしまう。家内と同じ歳の68歳。

  記者会見で口紅を忘れたと、恥ずかしそうにしている百合子さんは、本当にかわいかった。2歳年下の私が言うのもどうかと思うが、女性のかわいらしさを久々に見たような気がする。

 比較するのは悪いが、片山さつき議員がいる。この方はもちろん頭はいいのだろうが、かわいらしさがない。彼女の唯一の正しい判断は、せこい舛添と離別したことだろう。髪型の趣味も悪い。美人百花の撮影に応じていることから、本人は自分を美しいと思っているようだが、まぁこれは勘違いというか、美ということへの勘違いと言うべきではないかと思う。とにかく暖かさを感じないのは、何かに対しての渇望感か絶望感なのか。

 森まさこ法務大臣、本名三好雅子 (Wikipedia) って 、どういうことなんだろうか。あの自信の無さはどこからくる印象なのか。小便博打の検事に対し、法務大臣として何をしたのかよりも、この人は何のために弁護士となり、国会議員を目指したのか、改めて聞いてみたい。それほどに個人の確固たる意志と言うものを感じない。

 最悪なのが稲田朋美。以前もこのブログで書いたのだが、この人の答弁は一昔前の老人政治家と同じ話し方であること。前節の母音を引っ張り、文頭につなげる・・・というとわかりづらいが、『私は、あー弁護士で、えー国会議員なんですけど、おー買い物が、あー大好きで、えー・・・・』てな具合。防衛大臣という重責を果たせず、毅然とした姿勢も見せず、国民をなめるなと言いたくなる議員だ。もちろん、人間的な魅力も女性らしさも感じない。

 別に女性だからどうこういう訳ではない。小池百合子さんの胆力は、マスク越しに見るその目にも現れている。最近の国交大臣、名前を知る気も起きないくらいの弱弱しい視線。あらぬ方を見ているのか、誰の事を思っているのか。修羅場というほどではないのだが、苦しい時期を自分一人で乗り切った者に備わる胆力。その胆力は視線に現れ、相対するものを射すくめる。小池百合子さんの視線にはそれを感じる。

 

無花果 (イチジク)

 

 夏の盛りに買ってきたイチジクの苗を、浅い鉢に移し替えて水やりと肥料を少々。ラベルには、上手く育てれば秋になって実をつけますと書いてあったが、そう上手くはいかないだろうと思っていた。

 天候が良かったせいか、環境が合っていたのか枝葉は順調に育ち、買ってきたときの三倍程度まで生育し、枝の分かれ目から実が5個ほど出てきた。この一週間ほどで実にイチジクらしい筋も入り、初冬までの楽しみが出来た。

 Wikipediaによれば、原産地はアラビア南部で、メソポタミアでは六千年前から栽培されていた果実で、さらにヨルダン渓谷に位置する新石器時代の遺跡から、一万一千年以上前の炭化した実が出土している。

 古代ローマでもありふれた果物であって、貴重な甘味源であったと知るとロマンも湧くのだが、歯や茎からでる白い液体が意外と面倒で、かゆみやかぶれを引き起こすことがある。この液体も民間薬として使われたこともあるらしいが、生育が早く、このまま育てるのか移植するかは只今思案中。棘のあるような植物に手を焼いたことがあって、剪定や落ち葉の処分に頭を悩ますくらいなら、このままくらいが適当かとも思える。もう少し成長を見ながら考えよう。

2020年9月6日日曜日

そして菅さんは汚れたイメージをまとうことに

  自民党の総裁選は、事実上菅官房長官に決まったものと思われている。何しろ総裁選挙は二通りの選挙方法がある。その異常さと言うのか、自由民主党党員をバカにしている決まりを堂々と通す方も、黙っている党員もどうにかしている。自由民主党のホームページの入党の欄を見れば、入党後二年以上経過して、党費を払っていれば総裁選挙の投票ができるはずで、それが出来ないというのは詐欺以外の何物でもない・・・と言っても、私は別に党員ではないし、地方票は元々限られた数字しか反映されず、党員の総意でもない。今回の安倍首相の退陣に伴う次期総裁選びは、久しぶりに妖怪などと言われる人が活躍して、本来の自由民主党の姿を取り戻したように感じられた。これでなくては自由民主党とは言えない。

   さて、後継総裁となるだろう菅官房長官には、これで汚れたイメージが付いてしまった。71歳、国政の歴史に首相として名を残す最後のチャンスでもあり、官房機密費の額を知っている数少ない政治家として、1期だけの短命でもと思って立候補したのではという憶測も感じられる。小泉元首相でさえ、当初は首相に就任したら官房機密費の使途を公開すると言いながら、就任してその額を知った後は一切そのことには触れなかった。領収書も何もいらないこの官房機密費は、その使途が解れば国民の怒りが爆発するのではないだろうかとは思うが、今はそんなことはどうでもいい。

  あの菅さんの顔、年齢 。また各国の首相が顔合わせをするときに、日本の首相だけが見劣りすることは間違いない。どうせ汚れた総理大臣だからしょうがない。飛行機のタラップを駆け下りたかつての英国の首相を思い出す。それをまねて、菅さんがこけるところだけは見たくない。せめて首相は50代にしてくれ。

2020年8月15日土曜日

空蝉

  うつせみ、衣を残して逃げ去った決して美人ではないが、慎み深い女性。その抜け殻のような衣を持ち帰り、想いを歌にたくすという、何ともキザな男、光源氏。

 源氏物語の現代語訳は、読んでいて面白いというものとは思えないのだが、千年ほども前に書かれた長編の物語で、日本文学上の最高傑作とも言われている。何が最高なのかは、未だにわからない。恋文に使えそうな和歌も一杯。節操のなさは天下一品の光源氏。こんな時代に子供が出来ても、誰が父親かわからないような混乱ぶり。あなたの子供と指名されれば、その時は逃げないというのが男の矜持、そんな時代であろうか。

 今年見つけた庭の空蝉。ぬけがらという言葉はあまりに芸がない。よく見ると、背中の出口以外は今にも動き出しそうに、生きていた姿そのままに目があり手足があり、それでいて死骸ではなく、抜け殻であることが信じられないくらいに命を感じる。

 抜け出した命の鳴き声を聞きながら、スイカにトウモロコシ、今年の夏は暑い。


立憲民主党だか国民民主党だか知らないが

  どれも旧民主党の残党。名前を変えて合同しようが分離しようが、嘘つき民主党のイメージは拭い去ることはできない。マニフェストを、命がけで達成すると街頭演説を行っていた最後の民主党党首、野田もまだ生きている。何も出来なかったミスター年金、長妻もまだ健在。数か月前に、委員会でレンポウと呼ばれてムッとしていた蓮舫も健在。消費税増税にNO!と言わなかった民主党の連中は、自民党主導の世の中が変わるかも知れないという、かすかな期待を完全なまでに裏切った。政治資金を流用していた前科者の辻本も、あの歳にもなって、母親から月に一千万円の小遣いをもらっていた鳩山由紀夫も、数え上げたらきりがないくらいにろくでもない連中が揃っている。枝野幸男?一番印象に残っているのは、東日本大震災の原発事故の際、息子夫婦が孫を連れて、慌ただしく海外に出張したという噂。あれは本当だったのか。当時、慶応幼稚舎の園児たちのうち、まぁほとんどそうだろうが、金持ちは全て国外に退避したらしい。枝野は当時官房長官として『国民』には安全だと言いながら。

  日本人は物事を忘れやすい国民だという。しかしあの安倍ちゃんの言う悪夢のような民主党政権を、いくら国民が馬鹿でもまだ忘れてはいない証拠がその支持率。おかげで今の蜃気楼のような安倍政権の安泰を、しっかりとサポートしている。たとえ新党の成立がなったとしても、分裂、内部抗争と足の引っ張り合いで疲弊していくだろう。民主党とその残党たちに一番必要なのは、旧日本軍と同じで、負けた理由をしっかりと考えること。まともな総括もせず、安倍ちゃんがおかしくなったからオラたちが・・・なんて甘い考えで国政に臨むことは、決して許されるものではない。

 こんな国の国会議員の要件は、親父も親戚も政治屋であること、無能であること、弁だけは立つこと、自分と自分に近い者の利益を優先し、他は黙殺すること、などなど、官僚の要件と合致する部分が多い。その官僚に、立ち上がれないほどのダメージを受けた旧民主党の連中は、その対策さえ考えていないだろうから、たとえこの先政権を取ることがあったとしても、同じ結果を招くだけだと思う。 したがって、彼らは信じるに足らない。

2020年7月10日金曜日

防災服

 小池都知事だけではなく、政治家の防災服姿。あれほどの無駄はないと思うだけではなく、せっかくの小池都知事の色気が半減どころか幻滅を誘う。かつて上皇陛下が東日本大震災の慰問に訪れた際に、長靴にネクタイ無しの上、ワイシャツを腕まくりして、避難所に訪れた際は、床に膝をついて被災者と向き合った。上皇陛下は防災服ではなかった。水害現場を無駄に訪れ、ぬかるみを渡る際に、同行者に背負われた背広姿の政治家もいたが、そんな馬鹿が未だに政治家として存在していることが許せない。

 さて小池さんである。あのマスク姿は美しい。きりりとした表情も、アベノマスクではこうはいかないだろう。政治家にセンスを求める愚は認めるが、何となくという嫌悪感を抱かせる政治家に欠けているものは、やはりその人の持つ全てにわたるセンスではないだろうか・・・豊かさと言うことも出来るかとも思うが・・・とどんどん主題からかけ離れていく。

 さて、災害が起きるたびにわざとらしい防災服姿、それも東京の安全なところにいるのに防災服なるものを着ている政治家を見ると、あの防災服にどれくらいの予算が使われているものか知りたくなってくる。ついでに毎年ちゃんと入札の上で業者を選定しているのか。汚れることも、本来の機能も役に立たないものなのだから、そんな無駄なことをせずに、一度でいいから、災害現場で背広姿に革靴のまま、ぬかるみに平然と突入する政治家の姿を見てみたいと思う・・・役にも立たないだろうし邪魔なだけだろうな。


  

2020年7月5日日曜日

国家機密

  かつて、ソビエト社会主義共和国連邦と言われた時代のロシアを皮肉ったジョークがある。『書記長(最高指導者)をバカ呼ばわれした人が逮捕された。逮捕理由は、本当の事を言った罪と、国家機密を漏らした罪』。先日テレビの番組で安倍首相を無能と言った評論家がいたが、日本でこれが逮捕理由となることのない幸せを感じている人はいないように、それほどに日本と言う国は平和ではある。また民主的で、自由である・・・ように見える。

 アベノマスクと揶揄されるマスクが我が家にも届いた。NHKで、東北のおばあちゃんにマスクが届き、有難いことですと言っていた。頂けることが有難いと言っているのだが、原資は税金だぜおばあちゃん。このマスクで儲けたある会社は、脱税の前科がある社長の関連する会社。公明党の支持者でもあるらしいのだが、この辺りの闇はどうにも手の届かない場所にあるらしく、もう誰も追及はしない。

 小便博打をやっていた検事は、しっかりと退職金を受け取って表舞台から消えた。武士の情けと言うものか、誰も逮捕には向かわない。元国税庁長官の佐川君はどうしているのか。このコロナ禍の中に、全ては飲み込まれようとしている。安倍のおっかちゃんも遊びに出始めたのか、消息は知れない。必死に悪妻を守った総理大臣は歴史に残るかも知れない。さてこの無能な総理大臣が、灘高、東大を出た秀才の勧めで配ったマスク、表面にプレス時にできたと思われるシワが3本ある。髪の毛や汚れで1~2割の不良品を出したものであるから、これくらいのシワはどうということもないのではと言う方もいるかもしれない。しかし日本のQCレベルでは当然最終チェックの段階ではじかれるものだと思う。それが日本が世界に誇る品質の高さだからである。無能な総理大臣が、無能な部下の勧めで配ったマスクだが、総理大臣以外でつけている人を見たことがない。それでも閣議に向かう総理大臣が顎をさらして、小さなアベノマスクをつけている姿は貧相で、一国の総理としては憐れみを感じる。誰かもう少しまともなマスクを買ってやれよ・・・と思う。


2020年7月4日土曜日

わかっていても思わず・・・

 人間を地域によって概括的に見るほど間違ったことはないという。人間はつい頭の中で、勝手な ニセ統計 を作り、ニセ概念化し、それをもって相手をあてはめようとしがちである。人を見るのに、勝手な概念をつくりあげ、人間を紙細工のように見るアホ臭さ・・・(司馬遼太郎 耽羅紀行) さらに、単に文章の一部を引っ張ってきて、大して理解もしていないのにさもわかったように書き、かつ話すことも戒めているのだが、あまりに限られた情報、それもある意図をもって出される情報だけでは誰でもその陥穽に陥るのではないか。これほど情報が交錯する世界では、全ての情報を知ったうえで事実を判断することは難しい。

 例えば、中華人民共和国の主要輸出産品ベスト3は何かという問いに、ウィルス、不良品、汚職などと答えようものなら、袋叩きにあいそうだし、日韓問題について韓国の国民は自分たちを高等民族だと勘違いしているなどという答えも、ヘイトスピーチの類に入れられてしまう恐れがある。

 群盲象を・・・という言葉も差別用語であって使うことは出来ないのだが、それに代わる言葉を私は知らない。要は広い視野を持てということなのだろうが、ではどんな人間が広い視野を持てようか。またそれを生かせようか。


2020年5月29日金曜日

HACCP 群馬県が導入呼びかけ

 最近でもないのだが、とにかくカタカナで表記されたり、こんなアルファベットの言葉が並んで訳がわからん状態になりつつある。しょうがないからWikipediaで調べると、これまた煩雑。でもどうやらわかったのが、HACCPとは『日本では、品質と安全のためと言われているが、これは間違いで、安全に特化したものである』ということ。さらに、HACCPとは認証を取ることではなく、HCCPを実践する行為である。認証ばかりに目を向けると、消費者の安全を守るという食の安全の本質を見失うことがある・・・らしい。さらにHACCPの適用基準となると、12の手順と7原則。

 QCとかTQCと呼ばれる品質管理の徹底が、品質の向上にによる製品への信頼とひいては日本企業の発展の礎となったことは間違いなく、さらに食品業界のHACCPへの取り組みは安全と言う面から必要不可欠なものであることもわかる。来店者が少なくなって、持ち帰りの準備を怠りなくして少しでも売り上げのアップに繋げようとするときに、食の安全という大前提を忘れてしまうとこれは大変なことになる。季節が梅雨を控えていることがさらに食の危険性を高める。心配なことばかり増えていくような今日この頃。

新宿鮫 風化水脈から

 光文社文庫新装版、関口苑生氏の解説によると、この作品は、毎日新聞夕刊に1999年7月から2000年8月まで連載された。まだ外国人労働者を単純労働に従事させることは法律で許容されてはいなかった。従って、今のように外国人が大量に工場勤務に駆り出されるような状況はなかった。

 今、私はその工場勤務に従事する外国人労働者の送迎の運転手をしている。ベトナム、ネパール、ブラジル人が多く、稀にカメルーン、モンゴル、カンボジア、スリランカ人もいる。母国にいても仕事はなく、1日300円そこそこの生活をしていた人々が、時給900円以上の仕事に就いている。

 かつては中国や韓国、フィリピンの人達が多かった。そのままこの国に居付いた人たちもいるのだろうが、工場労働者としている人達は極端に減ってしまった。母国が豊かになって、帰ってしまったのだろうかとも思う。『もし彼らがいなくなる時がくるとすれば、日本という国の持つ力がひどく衰えた時でしょうね。この国で働いても遊んでも、何一つよいことはない』 そういう思いにかられたからか。

 『やがてはこの国も、多くの民族、宗教を抱えて、共存する道を模索することになると思っています』主人公と時効を過ぎた殺人を犯した人間との会話が続く。つい最近まではそうなるかも知れないという思いは私の中にもあった。しかし、この新型肺炎をもたらしたコロナウィルスがその基本的な条件を変えてしまったように思う。また共存というどうにも解釈できる言葉がさらに疑問を想起させる。

 脆弱な危機管理体制、政策の意志のありかの不可解さ。戦略物資と戦略の不在。そんなことまで考えさせる状況の中でこんな本を読んでしまったことが不安をあおる。

2020年5月23日土曜日

二種類の日本人

 織田信長の時代に日本に来たルイス・フロイスか、幕末のアーネスト・サトウであったかは確かではないが、日本には二種類の人間がいて、人種が違うのではないかというようなことを書いていた。人種で一括りにすることは良くはないとは思うのだが・・・まぁ時代と言うことで。

 先ずは真面目に生きている武士や商人や町人。礼儀正しく謙虚であり、貧しさを恥じない。一方で、街の片隅で居汚く座り込み、がやがやと小博打 (小便博打ともいう) に興じる人たち。その差にそのどちらかの一人は日本人を観察していて二種類の人間がいると思ったらしい。

 さて今回の黒川検事長。朝日新聞の元記者も、産経新聞の記者も、決して学力が低いわけではあるまい。博打のレートをお仲間の偉いさんが低いとは言っていたが、本当の所はあとゼロ一つ多く、万単位の金が動いていたのではと下衆は勘繰る。小博打に興じていた検事長は、江戸、桃山時代もいた下衆と変わることはなく、こんな奴に罪を裁かれた人間はたまらない。

2020年5月18日月曜日

群馬県知事

 緊急事態宣言解除に向けて、群馬県知事は都心にも近い地理的要因をあげて、解除しないよう国に働きかけた。この行動をどう見るかは個人の考え方次第だと思うが、この騒ぎで有名になった各県知事と比べると、余りにも情けない結果となった。

 群馬県知事はかつて安倍命とか何とか言って、べったりと張り付いていた印象があるのだが、見限られたのか知事相当ということで役割を与えられたのか、今の地位にある。さてどこへ解除しないように陳情したのかは知らないが、では誰のために陳情に行ったのだろうかと考えた時、ふと疑問が沸き上がる。要は目的が定かではない。

 こんな時に陳情に来る知事は、政権中枢にカワイイと思われるのか、忠誠心を褒められるのかは知らないが、少なくとも大阪府知事や北海道知事並みの評価を国民、他県民から受けることは絶対にない。そもそも優先事項が違うのだろうと思われる。

 どうなるかは専門家でさえ断定できないコロナウイルスの蔓延。今は小康状態なのかそれさえわからないが、この秋に来るであろうと専門家が予測する第二波とインフルエンザの拡散に対して、どれほどの対策が打てるのか、なまじ他府県と比べて感染者数が少なかっただけに感染爆発が怖い。最低でも千人単位の感染を予測して、発熱外来から隔離病棟までの患者の流れに滞りがないよう万全の対策が出来るか、これこそリーダーの資質が問われる時となるだろうと思われる。間違えても、嵐のさなか自宅を視察に行くような真似はしないと思うが、群馬モデルと言われるような万全の対策を指示して、第二波に備えてほしい。

2020年5月7日木曜日

今頃の星空

  ふと夜に目覚めた。と思ったら夜中と言うよりは早朝だった。午前4時前。ベランダに出て南の空を眺めると、西に沈みそうな15夜前日の月の光の影響もあって、南の空が見慣れない状態で、どれが何座かもわからない。目の前には明るい星が2個並んでいる。土星か木星か火星か。

  こんな時はネットで今の星空を検索するのが一番早い。1分ごとに更新されるものもある。結論は土星と木星。130mmくらいの小径反射望遠鏡でもあれば、木星だったら表面の縞模様や何個かの衛生も見ることが出来るし、土星なら輪の観測も状態によっては可能になる。面白いのは火星かな。

  最近の天文学は、とてもじゃないがすさまじく、素人の入る余地はない。ないのだが、小さな望遠鏡を手に入れて、初めて自分で惑星を捉えることの楽しみは一度は味わってほしいとおもう。

2020年5月6日水曜日

法隆寺

 この本を買ったのは多分2回目。最初はまだ昭和の時代で、その発想に驚きを覚え、その後に訪れた何度目かの法隆寺を見る目が変わったのを覚えている。

 今回は、関裕二氏の『藤原氏の正体』を読み返して、また『隠された十字架』を読みたいと思ったからだが、文庫で約600頁、資料の多さからもタフな本で、久々に体力を消耗しそうである。著者の梅原猛氏は昨年亡くなった。先日放送されたNHKのぶらタモリでは、この著書の事は一顧だにされてはいない。事は藤原氏のイメージだけでなく、天智天皇や、聖徳太子、天武・持統天皇、光明皇后などの華麗なイメージの人々の暗部に光を当てることになる。

 関裕二氏の著書も、藤原氏の先祖、藤原の祖と言える中臣鎌足が、韓人、百済の王子、豊璋であるという論理を展開していて、藤原氏のその後の悪行を並べ立てる。これは藤原氏にとっては見逃せない。藤原氏と言ってしまえば遠い過去の人かと思えば、一条、二条、鷹司、近衛、さらに下り藤を元の家紋とする一族は、日本の隅々に行き渡って存在している。佐藤、安藤、加藤、斎藤、並べればキリがない。これらを敵に回す理論がたとえ正しいとしても、本筋となることはこの体制が覆ったとしても初期の記録上の隠滅がうまく作用していて難しい。

 法隆寺は、一度火災で焼失した記録は残っているが、再建された記録はどこにもない。この本は、法隆寺に纏わりつく謎と不思議さを、推理と実際の記録と照らし合わせて、ジグソーパズルのように論理を組み立てていく。 浮かび上がるものは、今までの法隆寺のイメージを根底から覆すものになっている。推理小説としてこの本を読むというのも一興ではあるが。

2020年5月5日火曜日

ガソリン価格

  原油価格が暴落している。1バレルが20~30ドルというと、直近の50ドルオーバーの時期から見ると半分に近い。だからと言ってガソリン価格がそのまま半分にまでということはない。その辺りはよくわからないのだが、よくわからないということは、何とでもなるということだろうと勝手に思っている。

  もう故人であるし、年月も経ているので構わないと思う話があって、ガソリンが安くならない理由の一つと思われるので紹介しておく。その人はある大手企業の役員まで上り詰めた人だが、退職後人の勧めもあって再就職することになった。その会社に行ってみると、机が何個かあって、事務員らしき女性と上司と思われる人が一人。仕事らしきものはなく、机に座って新聞でも読んでいればいい。半年もした頃に社長になってくれと言われて、気持ち悪くなって辞めたのだが、この会社の売り上げは年間数億円以上に上り、仕入れも数億円以上。原油1バレルから数円から数十円の手数料を得るらしい。そんな会社がいくつかあれば、何人かの人間の生活費以上のものを稼げる。

 また一つ、これは都市銀行の支店長3人の話し。ガソリンの売価は、卸売会社同士で1リットル当たりの最低売価を決める。毎週電話で済ませるらしい。上限価格はなしで、最低価格だけを決める。あとは基地からの距離などによって地域ごとに調整する。明らかに公正取引委員会や検察が本気になって探ればすぐわかることなのだが、忖度抜きで仕事ができるやつなど今の検察にもいない。なぜなら、これを聞いてからの数年間以上、石油業界に検察の手が伸びたことなどなく、今もその慣習は続いている。そんなこんなでガソリン価格が下がることは下がるが、決められた最低価格を下回ることはない。

2020年4月29日水曜日

ホットケーキ

 納屋のようなところに放置してあったホットプレートを出して来たら、10年以上の年月にもかかわらず十分に機能する。テレビで広島風のお好み焼きの実演をやっていて、その通りに材料を揃えて作ってみると、なかなかの出来栄え。

 ということで、次は久しぶりに大好きなパンケーキを作ろうと思ってスーパーに行ってみると、ホットケーキミックスが全て売り切れ。 どうやらコロナウイルスの蔓延で、子供も大人も家にいて、おやつとしての売り上げが上がっているらしい。

 まいったなぁとか思いながら棚を眺めていると、上の方に『パンケーキミックス』と言うのがあって、全く売れていない。あ、あるじゃないかと一袋買ってきたのだが、後になって考えると、なぜこれだけ残っていたのか。理由は多分、パンケーキと言う名前が一般的ではなかったのではと思い至り、ホットケーキをWikipediaで調べてみたところ・・

 これから初夏を迎え、気温も上がればホットプレートの活動域も変わり、ついでにホットケーキの甘ったるさにも飽きて、またスーパーの棚にも戻るだろう・・・それまでの辛抱か・・・

2020年4月23日木曜日

人にものをあげるということ

 アベノマスクという言葉は、今回の国によるマスクの配布を多少なりとも揶揄する表現になっている。どこの国の人か、『もらえるだけでもいい、私たちの国は何もくれない』と言っていたが、日本の医師は、このマスクは機能的に『ないよりはましだろう』と言っていた。

 ないもよりもまし、という言葉を考えた時に、では『ありがとう』という言葉を言う時とはどういう時なのかを考えた。本来であれば『物』をもらった時には 、感謝の意を表すためにありがとうと言うのだが、『ありがとう』という言葉は、なかなかあり得ないこと、有難いことだという意味がある。

 ついでだからないよりはまし、と言うのはどういうものか家内に聞いてみた。BVDのトランクスを買いに行ったら、褌を買わされた。ビールを買いに行ったら、炭酸水を買わされた。そんな感じかねぇと言ったら、冷ややかな視線を浴びた。そんな時に、このアベノマスクの提案者の、灘高から東大へ行ったエリート官僚の写真がネットニュースに出ていた。佐伯耕三首相秘書官44歳。禿げ上がった後頭部に多少の毛髪が。あれもないよりはましというものかもしれない。

 人に物を、もちろんお金でも、あげてバカにされることほど情けないものはない。その人の育ちとか、性格や総じての人品を疑われる。海外でのチップでも同じで、その習慣のない(実はあったのだが)日本人は特に戸惑うことも多い。そんな人は、ホテルに入った時の007のチップの渡し方を見るのがお薦め。いずれにしろ、有難いことだと思われる贈り物をしてみたいといつも思う。

  

10万円の処理

 基本的なスタンスとしては、有り余るほどに現金があるならともかく、そうでないからもらって貯金する。これが信用できる政府、信頼できる役所の存在があれば話は別なのだが。

 この10万円は一時所得として来年の確定申告で申告することになるのだろう。東日本大震災の政府の膨大な支出を埋めるため未だに税金が付加されているが、恒久的なものになるまで減額はあり得ない。それに加えて今回のコロナ禍の財政支出の穴埋めは、必ずや増税という形で最終負担を求めてくるだろう。

 問題は、ガソリンに課されている暫定税率(まだその名前が付いているのかは知らない)のように恒久化されること。どうせそうする。モリカケで首相に貸を作った財務省は、消費税の引き下げ、もしくは暫定的な0%への移行も考慮せず、自らの安泰を計っているように一番安易な、簡単に取り返せる現金支給を認めた形になっている。

 多分、今後この10万円は倍返しくらいの金額で増税され、負担は増えていくと思われ、それに備えて貯金しておいても間に合わないくらいの支出増になると思う。 今の混乱の後に、アフターコロナの世代はさらなる重税に苦しまなければ良いのだがと思う。

2020年4月13日月曜日

知事の顔

 県知事・都知事・府知事・道知事は、戦前は勅任官であったが、現在では選挙で選ばれる(Wikipedia)。コロナ対策では、日頃なじみでない県知事までテレビ画面に映し出されることも多く、その能力を窺い知る発言も見られる。

 小池都知事は、知事選から都議会議員選挙のドタバタで一気にその価値を下げたように見られるが、ここにきてその力量はなかなかのもではないだろうか。ただ自民党の対応は、先の知事選挙の意趣返しの雰囲気がある。と思われるほど彼らは執念深く、コロナの問題で小池都知事に得点を稼がれることに嫌悪感を持っているようだ。

 一方、千葉県知事森田健作はこの危機に瀕して、多分何の役にも立たないだろう。北海道鈴木知事と比べてはかわいそうだが、一本筋が通っていないことはだれの目にも明らかで、千葉県庁内のフォローは大変だと思う。この鈴木知事を選んだ北海道民のレベルの高さに敬意を感じるが、森田健作を知事に選んだ千葉県民の民度の低さは、いずれ自分たちに災難として降りかかってくるだろうと思う。

 若い人たちが政治の世界でも活躍し始めている。二世議員でもない、実力を持った人たちがその持てる力を揮えるような日本でなければならないと思う。


2020年4月11日土曜日

高校講座 NHK第二

 さて、保健体育の真面目な時間がやってきます。水曜日午後8時から、NHKラジオ第二。壇蜜先生の高校講座。この裏番組、同じくNHKラジオ第一では、唐橋ユミさんの甘い声も捨てがたい。


ゲートボール

 新型コロナウィルスによる肺炎で、東京都が緊急事態宣言を出した翌日、群馬県前橋市の公園では、老人50人近くが集まってゲートボールをしていた。プレーしている人以外は、コートの端に集まって、ミニお花見状態。

 サンミツってのは、壇蜜もへぇってるんかい? あほだなぁおめぇは、財務省とか厚生省がホラべぇこいてることだんべや。おめぇこそあほだべや、ありゃあセンミツっていうんじゃねぇんかい。などという会話が交わされているのかどうかは知らないが、全くのんきと言う他はない。

 群馬県は災害に対しても、暢気に構えている。いわゆる危機感と言うものがない。台風も来ない。水害もない。津波も地震もない。平野部は雪も少ない。土砂崩れもない。冬場に風は強いが、住みやすいと言えば住みやすい。コロナウィルスの蔓延も、隣の埼玉が三桁を超えている時に、未だ二桁の半分以下。

 だからと言って、あのゲートボールはないだろう。と思ったのだが、残り少ない人生を窮屈な思いで生きたくないので、決死の思いで参加しているのだろうかとも思われる。関東のどん詰まり、山を越えれば越後と信州。物なりは決して良くなく、古くから小麦と蒟蒻の生産が主流で、コメの生産が不安定で豪農の育つ風土ではなかった。流行も豊かさも通り越して行く。コロナウィルスも通り過ぎて行くことを願うだけだ。

一茂に、バカ呼ばわれされた経産省官僚

 テレビ朝日のモーニングショーで長嶋一茂が、安倍首相の『一住所に2枚の布製マスクを配布する』という発言に対し、その提言をした官僚をも『俺もバカだけど、これほどのバカはいない』という意味のことを言った。その布製のマスクは、海外でもアベノマスクと揶揄されるような昔のタイプ。一枚200円だそうで・・・小池都知事のサージカルマスク姿と比して余りの見劣りと、今時このマスクをしているのが我が国の首相かと思うとがっかりする。

 ついでにこの官僚は『これで国民の不安はパッと消えます』とさささやいたという。この官僚の所属が正確には経産省なのかどうかは別として、首相にささやける官僚が、学力的には一茂なんかより上であることは間違いない。しかし、こんなバカが側近という首相の哀れさは、結局のところ首相も官僚もバカという言葉に収束していくのだろうと思う。

  問題は一茂と首相、二人のバカが片や首相であり、片やマスコミで堂々と意見を述べていることではないだろうか。この二人のバカの共通点は、大した能力もないのに七光りで世に出ているところ。時代は江戸時代そのもの。余談ながら、一茂と同じ番組に出ている石原良純も七光りでテレビに出て、『次の世代に何を残せるか模索している』とか言っている。

 血筋で凝り固まった世界は窮屈だ。中国も劉備玄徳の子孫を名乗る劉姓を未だに名乗っている人々がいるらしいが、劉氏一族は皆殺しの危難に襲われていて、確かな劉氏の存在は証明のしようがないらしい。競走馬のように管理された血統でさえ駄馬を生むこともあるが、人間の世界では、まして政治だ演劇だの世界までそれを大事にしすぎると、新しい血が求められる時代の必要性を感じる。明治維新は、その転換期ではあったと思うが、その血筋はまた新たな血筋尊重の時代を生んでしまったように思う。

2020年4月1日水曜日

安倍ちゃんも苦労するよなぁ

 ある日の我が家の会話。

 妻『安倍さんも奥さんぐらいコントロールできないのかねぇ』
 私『我が家もコントロールできていません』


都市の景観 馬印 のぼり旗

 武田信玄の武田家では、出陣の際に『御旗楯無御照覧あれ』と祈るらしい。これはTVか本で見た限りで確証はないのだが・・・

 この御旗、武田家に縁のある寺に残っていると思われるが、今はわからない。 また、武田家には有名な風林火山の旗もある。上杉謙信は毘沙門天の『毘』。戦場において、この旗の敵味方の兵卒に与える影響は大きい。

 しかし、都市の景観に与えるインパクトとなると話は違う。都市に限らず、合掌造りの白川郷の道端にも品の悪い旗がパタパタとはためいている。コンビニ、食堂、居酒屋に限らず、猫も杓子もという感じでどこにでものぼり旗がひらめく。

 やめませんかね。とにかく品がない。電信柱とのぼり旗、ついでに下品な色の看板。牛丼はすき家の味が好きなのだが、あの赤は気持ち悪い。ゆで太郎の看板は食欲をそそらないと思うし・・・


WHOとIMF

 最悪の場面に最悪の事務局長を頂くWHO。自国の保健衛生状態さえまともではない国から事務局長を選ぶ理由がどこにあるのか。その最悪のテドロス・アダノム事務局長は、中国の顔色を伺いながらの及び腰。その及び腰が『渡航制限にまでおよんではいけない』とか中途半端な声明を出したために、世界がパンデミックの様相を呈するようになってしまった。

 そしてIMF。これは女性の発言だが、『日本の消費税を15%に』。これほどのバカはなかなかいない。今の日本は金持ちと大企業優遇税制の真っ盛り。これをさらに消費税15%と言うことにすると、格差はさらに大きいことになる。日本のどこの金持ちが煽ったのかは知らないが、天下のIMFが金持ちの味方だとは知らなかった。 こんな大企業と金持ち側について内政干渉をするようなIMFは、敵だ。


カップヌードルの晩御飯

 失業者の夕食、『コンビニで買ったカップヌードル』を食べていた。その人が仕事を失ったことと、寂しい夕食を表現したのだろうが、これは贅沢と言うものだろうと思う。

 まず、コンビニのカップヌードルは最低でも180円くらいはする。群馬県で袋麺を購入すると、やすいもので5袋入りで税抜き180円くらい。メーカ物でも5袋入りで400円前後。さらに、3食入りの生麺のラーメンは、150円前後。カップヌードルは今や贅沢品なのである。


オイルショック時のトイレットペーパー、洗剤パニック

 昭和49年前後、私は千葉に住んで新聞配達をしていた。オイルショックの時期にガソリンや灯油の値段に関しての実感はなく、洗剤とトイレットペーパーの不足を叫ぶ世間にも冷めた気分を味わっていた。それもそのはず、不足していると言われた洗剤もトイレットペーパーも、会社の倉庫には山ほど積まれていたからである。さらに注文すれば、注文しただけ送られてきていた。朝刊を配り終えれば一休みして、日中からその洗剤を持って新聞の拡張に出れば、すんなりと契約は取れた。

 洗剤メーカーも、テレビでは生産は通常通りと言ってはいたが、後日、生産と在庫『調整』をしたことが明らかとなり、モーニングショーで謝っている姿が映し出された。全てがデマから始まったことで、それをマスコミが煽る役目を果たしたことも間違いではない。発端は大阪のダイエーであった。その大阪のニュースが全国に広まり、終息に約6ヵ月を費やしたと記憶している。ダイエーは潰れたが、片棒を担いだマスコミは未だに健在で、物価の値上げと消費者の混乱に貢献している。

パルミジャーノ・レッジャーノ


今、たべてみたいもの。

WHOのテドロス

 今年2月、このブログに『あいつは何しに中国へ』という記事を書いた。テドロスというWHOの事務局長は、世界にとって犯してはならないほどの失政を行った。それが今の世界の状態を招いたと言ってもいい。それも今となってはタラレバの話しで、取り返しはつかないのだが。

 しかし、彼の名誉を守るわけではないが、本当の原因を求めるならば、やはり中国の政策、戦略に関わらなければならないと思う。本来であれば国連とその機関への拠出金は、自国への有利な政策を導入するものではなく、さらに加盟国だけではなく、全世界的な視野に立って拠出されるべきもののはずだ・・・と言うのは理想論で、実は国連自体が第二次大戦以降の歪んだ体質を抱えている。

 WHOの事務局長の選出基準は何か? それがもし拠出金の多い国の意向で、なおかつその国に有利な政策を進めるとしたら、本末転倒と言うよりも世界的な犯罪に等しい。歴史時代も含めて中国という国は、君主のあるべき姿、民のあるべき姿をあらゆる面から知識として醸造してきた国だと思っているのだが。


2020年3月7日土曜日

虫たちの不思議な世界

 NHK第二、カルチャーラジオで12回にわたって放送される『虫たちの不思議な世界』。1回約30分の間、小松貴先生がとつとつと話し続ける虫たちの世界。

 この中で語られる虫の名前を覚えることは至難の業で、オドリバエくらいしか思い出せない。Wikipediaでオドリバエの項目を見てみると、その特異な求愛行動が書かれていて、小松貴先生の話はさらに詳細で、思わず人間の求愛行動と比べたりして興味は尽きない。

 また、初回であったか、浦安近辺にしか生息しないやたらと長い名前の絶滅種を挙げ、この付近一帯にできた娯楽施設を、○○○虫虐殺ランドと研究者仲間が言っているなどという話を、ごく真面目に語っているのには思わず笑ってしまった。実際には深刻な話であることは回数を重ねるうちにわかってはくるのだが、虫の研究というマイナーな分野で、これほど面白く感じられる講義もないのではと思う。あと2~3回を残すのみとなったが、この番組は最後まで聞いてみたい。

2020年2月25日火曜日

気象通報 NHK第二

 変な番組だなぁと思いながら聞いていた。天気予報ではなく、気象通報。ただ淡々と気温、風速、風向、気圧、天気、正確に言えばこれも順序があるのだが・・・

 『石垣島では』と始まり、日本各地約30市町村。前橋も入っていることには少し驚き。さらにサハリン(樺太)からロシア沿海州、韓国、中国、台湾、フィリピンから小笠原、最後は気温だけの富士山山頂で終わり、船舶からの通報や、漁業気象となると、低気圧や高気圧の位置、温暖前線、寒冷前線、閉塞前線の位置などにも及ぶ。

 高校時代、山岳部の連中が天気図を作ると言っていたことを思い出すと、この番組の使われ方も何となくわかるような気もする。天気図作成用の白地図も売られているようで、アナログの世界が残っているのかと思いきや、なかなかどうして。Wikipediaによれば、この音声は合成で、それだけでも驚きものだった。

 こんな番組をじっと聞いているというのは一種異様な物らしく、家内はわかってはいても、ドライブのときなどは退屈そうにしている。『これはね、東アジアに展開している日本の情報機関員に指令を出しているんだよ』などと言ってみても、日頃から私のホラに慣れている家内は反応しない。


2020年2月22日土曜日

厚生労働省へ批判は多いが

 下記の『奥祐筆秘帳』は、文書管理の役人の物語。ペンは剣よりも強しというが、この物語はそのペンが剣を味方につけて、無比の力を発揮する。江戸時代の官僚物語と言っては語弊もあるが、今の世の中のことを理解するには多少のヒントも与えてくれる。それに
何より難しい本を読むよりも面白い。

 さて、厚生労働省の新型肺炎に対する対応が批判を浴びているが、厚生労働省が一番大事にしていることは何か。この省の退職者が綴った一冊の文集がかつてあったのだが、すでに廃棄処分されたと思われる 。曰く、『我々の最大の使命は、一つでも多くの天下り先を作ることだ』。今よりも天下りが楽な時代の話しではある。この後年金問題や、統計問題もあり批判にさらされることになる。

 しかしながら、この体質と前例主義は未だに消え去ることはない。前例主義を大事にする場所に、想定外の問題を解決させようということ自体が無理なのだと思った方がいい。さらにこの厚生労働省の大事にするものは、医師会の意向と大手製薬会社への思いやり。ついでに自民党への思いやり。大事にするものが違うのだから、我々は大事にされていないと『一部の国民』が騒いでもどうにもならない。次回、同じことが起きた場合は迅速で的確な処理が施されることを期待したい。


2020年2月1日土曜日

あいつは何しに中国へ

 李下に冠を正さずという言葉は中国古典由来。その中国にわざわざ訪ねて行って、それからおもむろに新型コロナウィルスによる肺炎に『緊急事態』宣言。

 そんな間に新型肺炎の感染者は1万人を超え、各国に広がりつつある。あのテドロス・アダノムという事務局長は、何のために中国を訪れたのか。

 一般人から見ても、また専門家が見ても、緊急事態宣言が遅きに失したと言われるわけは、本人が一番よく知っていると思われる。


2020年1月31日金曜日

モンゴルの若者

 モンゴルの医学生と知り合うことになった。ちょっとした偶然ではある。もともと司馬遼太郎の出身が蒙古学科であることや、チンギスハンへの興味もあったのだが、どうにも今のモンゴル国も過去のモンゴル国もその姿がつかめない。あれほど日本の相撲界を席巻している関取がいるのに、ことモンゴル国の事になると何も知らないに等しい。馬乳酒、ナーダム、ゲル・・・

 テレビなどでナーダムの様子などを見ていると、日本人の子供たちも夏の間だけでもいいから、あんな草原で馬を走らせたり、羊の解体を目の当たりにしたりして過ごした方がいいのではと思うことがある。小さい時から夏だけ通うような贅沢ができればという思いなのだが、そんな粋な親はいないだろうし、どうせならアメリカやヨーロッパにというのが普通だろう。

カルチャーラジオ 文学の世界『体感する万葉集』

 奈良大学文学部教授上野誠氏が講義する。『体感する万葉集』は毎週木曜日、午後8時30分からNHKラジオ第二で放送される。今週から始まった『虫たちの不思議な世界』小松貴氏の講義も面白い。

 このNHK第二のシリーズの面白さは、吉本あたりの芸人など及びもつかないくらいに面白い。とにかく真面目なのである。真面目な面白さは、売らんかなという無理な物よりも数段上の笑いを誘う。

 この辺りから古典というものを習えば、難解な文字が並ぶ万葉集あたりでも、すんなりと頭に入るのではと思う。


TOYOTAの戦略とプレゼンテーション

 今回のトヨタのプレゼンを見て、なぜこの社長はこれほどに表舞台に出るのかと考えていた。最初に見たのはレーシングスーツに身を包んでラリーに参戦している姿。その次が孫正義社長とのツーショット。そして今回のプレゼン。

 創業家の御曹司がトヨタの会長に君臨するのは構わないが、レーシングスーツに身を包んでラリーに参加している姿を取り上げたのは、本田宗一郎さんへの憧れかと思わせる。今回のプレゼンは、スティーブジョブズCEOの真似かとも思えるが、スーツ姿がなんともダサい。かといって、ジーンズにTシャツという選択肢はあり得ないのだろうと思う。

 孫正義とトヨタの社長、短足禿頭の二人が並び、『いつ、誰が、誰と、どこへ行くのかわかるような世界が来る』とか、アホなことを言っていた。自分たちはそうされることを望むのか。多分、何よりも彼らが望むのは、全ての人の情報を握り、かっこいい!とか言われることなんだろうなぁと思うほど、二人はダサイ。要改革の第一歩は、二人が表に出ないこと。ついでに孫さんは、スマホの値段を下げる努力を極限まで進めて、それから能書きをこくように。


宦官

 相撲が平幕幕尻の徳勝龍が優勝して初場所を終えた。そうするとNHKも時間が有り余っていると見えて、国会中継なるものを長々と流す。これがまたひどい。

 野党の質問も同じなら、首相の答弁も同じ。たまに出てくる官僚も同じ答えを繰り返す。東大、京大を筆頭とする優秀な頭脳の塊りの中で、そりゃあだめだんべ、と一人も言う役人がいないのか。とは思うが、まぁいないだろう。国民の不信感の払拭など彼らの優先事項の中にはない。ましてや一国の首相が、後援会の人間を国費を使って接待してしまったのだ。

 ここで反旗を翻せば、一族郎党が終生あおりを食らうことは間違いない。再就職先もなければ子供や孫の就職にまで影響が残る。我が身とわが一族のことを考えると、とてもじゃないがきれいごとでは済まされない。これを下世話な言い方をすれば、キンタマがないという。
 
 『三国志』の中で袁紹はさほど人気はないが、宮中の宦官を皆殺しにしたという部分は、当時の宮中の腐敗を一掃するうえでも最も効果的な影響を及ぼしたと思う。根源はこの辺りかと思うのだが、宦官が跋扈するような日本の官僚組織を強化したのは、誰でもない官僚組織自体であろう。旧民主党は、その力の前に膝を屈した。今更何を言ってもその取り返しは出来ない。 


カルロスゴーンが教えてくれたこと

 日本の司法警察制度はおかしいと言っている。戦前の特高 (特別高等警察) の例を出すほどではないのかも知れないが、現在の公安警察さえ実態はわかりようがないし、特高の清算をうやむやにしている状況では日本の司法制度など語ったところで意味はない。

 昨年の拘留中に、ある人から市政が何とかならんか、何でもいいからと言われた時に、拘置所にいるカルロス・ゴーンを呼んで、つまらないしがらみとか、無駄を排除しながら活性化を図る・・・などと言ったら相手にされなくなった(笑)

 あれだけのボロ会社、日産をこれまで延命させたカルロス・ゴーンに日本の経営者が学ぶべきことはあまりにも多く、また日本の根底にある意識の改革すら可能であったと思うと、最後はあまりにも残念な結果となった。日産は潰れるし、日本航空、東芝、かんぽ生命もついでに潰すべきだと思う。そのついでに、金さえあれば何でもできるということも頭の片隅に置いて、忘れてはいけない。 


役者の品格

 シニアグラスのコマーシャル、舘ひろしの情けなさ。金になれば何でもやるほど仕事がなくて困窮しているのかと思う。

  松岡や小泉、その下品さもしょうがねぇなぁとは思うが、かってに思い込んでいる視聴者の方が悪いと思ってあきらめた方がいいのか・・・こんなCMを見ていると、かつてマイケルジャクソンが来日した際に、威張り散らす側近の振る舞いに腹を立てた空港かホテルの掃除のおばちゃんの言葉が蘇る・・・『たかが芸人風情が・・・』

 たかが芸人と言われるかどうかは、その人次第 。一流の芸人は、やはり矜持というものを大事にしてほしい。ただ、トミーリージョーンズの缶コーヒーのCMが、何となく許せるのはなぜなんだろう。